ムンフバト銅像の除幕式が中央スタジアムで行われた
        ムンフバト銅像の除幕式が中央スタジアムで行われた
3日、モンゴルの伝説の力士ムンフバト銅像の除幕式が中央スタジアムで行われた。
モンゴル相撲の横綱ムンフバト力士の息子で、日本相撲の横綱・白鵬ダワージャルガル氏も日本からやって来た。他にムンフバト氏の妻のタミルさん、在モンゴル日本大使、そしてモンゴル相撲の著名な力士たちが出席した。
力強くて、賢くて、要領がよくて、遊び心があるが、謙虚で、高貴なダルハン・アワルガ・ムンフバトの銅像は見事な出来栄えでした。
除幕式で息子の白鵬ダワージャルガル氏は「私の人生における最も大きな誇りは父だ。父の名前と栄光は、これからも永遠に輝き続けるだろう。この銅像はただの像ではなく、モンゴル男性の魂、誇り、そして忍耐の象徴である。今日は2006年に父が作ってくれた金で飾られた帯を締めて来た。父がこの帯を私が大関になった時に作ってくれたもので、2頭の獅子が闘っている姿が刻まれている。もし、今日父がここにいたら、85歳になっていただろう。」と涙を浮かべながら挨拶の言葉を述べた。
1941年6月1日にトゥブ県エルデネサント郡で、父チャンツァルと母ハジドの11人兄弟の10番目の息子として生またダルハン・アワルガ・ムンフバトは1961年に全国スポーツ大会で優勝し、ザーンつまり関脇の称号を獲得した。1963年からナーダム祭にザーンとして出場し、見事に初優勝した。その後、1963年〜1967年に5年連続で優勝し、1974年にも再び優勝し、合計6回の優勝という快挙を達成した。1968年には「アワルガ・横綱」、1974年に最上位である「ダルハン・アワルガ・永世横綱」の称号を授与され、長年にわたりモンゴル相撲界を牽引した。ムンフバト氏はモンゴル相撲のみならず、1967年のレスリング世界選手権で銅メダル、1968年メキシコ・オリンピックでも銅メダルを獲得し、モンゴルの名を世界に広めたパイオニアでもある。その力と知恵、そして不屈の精神は、多くの若者たちにとって手本となり続けている。
「父はモンゴル国民に愛されたチャンピオンだった。そして今もなお、愛されるチャンピオンである。25歳でチャンピオンの称号を獲得し、オリンピックで一度も負けずに銀メダルを獲得し、モンゴル人もメダルを獲得できることを証明した。母と55年間夫婦生活を送り、5人の子供たちに恵まれた。この自然石でできたこの像はをまさに芸術作品と言いたい。2年前から銅像の彫刻を始めた。父は男の3つの競技・ナーダムがなければモンゴル国家は存在しなかっただろうとよく言っていた。父よ、私たちはあなたの後継者である。」と白鵬ダワージャルガルさんが感想を述べた。